2023年5月読書会『チャンス』

©チャンス
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とっても遅くなりましたが、5月の読書会レポートです。

5月の1冊は『チャンス』(ユリ・シュルヴィッツ /著, 原田 勝 /訳 小学館)でした。

 

絵本作家として、日本にも多くのファンがいるシュルヴィッツが、初めて自伝ともいえる長編小説を書きました。

「はてしない戦争をのがれて、ぼくと家族が生きのびたのはまったくの偶然(チャンス)だった。」と本の帯にあるように、ポーランド生まれのユダヤ人であったシュルヴィッツの見た戦争とは?

おりしも、ロシアのウクライナ侵攻がやまない今、参加者は、この本をどのように読んだでしょうか?

 

まずは、参加者の感想をご紹介します。

シュルヴィッツの作品では、『おとうさんのちず』(4章)とても、印象に残っている。作品の中でもこの絵本の描いた時の様子が克明に語られている。

(6章)運命を決めたのは、全くの偶然だった。というところが、この本の主題だと思った。同じ、ユダヤ人の作家のI.B.シンガーとも共通するところが多い。食べものがなくなるなどの苦境に立たされた時、どうやって生きのびるかーシンガーは、笑いが必要ととき、シュルビッツは、絵を描くことで困難をくぐりぬけた。

 

『よあけ』のイメージがつよかったので、静かな人なのかなと思っていたが、この本を読んで、イメージが変わった。好きな映画が、コメディやアクションだと知り、少年っぽい人なのかなと思った。テーマは重いが読みやすかった。

 

読み始めたらどんどん読めた。老人になって書いているのに、子どもの視点で描いているところに、作者の筆力を感じた。すばらしい記憶力。石井桃子さんの『おさなものがたり』を思いだした。わたしも、祖父母にむかしのことをきいておけばよかった。

 

戦争作品は敬遠しがちだが、この作品は、変に重くならずに読み進めることが出来た。よい作品だと思う。

 

『夜と霧』を20代に読んで、その重さが残っていて戦争の作品は敬遠しがちだった。でもこの作品は、たいへん読みやすかったのは、イラストの力と章立てが細かいせいかもしれない。自分の家にも、作者と同じように地図があり、飽かず眺めていたことを急に思いだした。

 

『アンネ・フランク』のように、戦争で亡くなった人の作品だけでなく、今、生き抜いている人の作品を読むのは大切なこと、 ジュディ・カーの『ヒトラーに盗られたウサギ』を思いだした。

 

絵の力もあり、訳もとてもよくて読みやすい。お父さんが物を作る人、お母さんが物語る人であったことから、物語全体が暗くならないよさがある。

  

戦争の本を読むとずーっと記憶から消えない。

『縞模様のパジャマの少年』を思いだした。チャンスは、偶然だけれど同時に作者にとっては必然だったような気がする。

 

にがてな分野なのに、さくさく読めたのはなぜかと考えたとき、感情的な描写、特に恨みなどの描写が少なく、自分の感情を入れる余白があるからだと思う。現実を受け入れる生き方が心地よい。

 

主人公のウリは大人と変わらないように扱われている。作者はこの本をパンデミックの間に読者に力を与えたいと思って書いたというレポートを聞いて、なるほど自分は、コロナの最初の頃の不安を思い出しながら読んでいたなあと思った。

 

絵の力と物語の力を感じるよい本でした!

この作者のおかあさんが、とても魅力的。これだけの貧困でも生き抜いている。

日本の戦争文学は、人を委縮させる。被害者であるという立場が前面に出ている。『オットー~戦火をくぐり抜けたテディベア』は、友情の物語としてすぐれているし、『アンナのあかいオーバー』は再生の物語である。

この2つの絵本をみても、日本の戦争文学との書きかたの違いは顕著だと思う。

 

この作品が読む人に受け入れやすいのは、どこか達観して書いているからなのでは?旅行記や冒険小説的な読み方もできる。章が短く読みやすいし、出てくる写真がとてもきれい。コロナで苦しむ人々に、ライフラインを探してほしいという思いで自分の生き抜いた戦争のことを書いてくれたのかもしれないと思う。 

今回、レポートを担当した越高(令子)は、日本で入手できるすべての作者の作品をあつめ、年代順に読んでみました。以前『きれいな絵なんかなかった』というアニタ・ローベルの本を読書会でとりあげ、レポートした経験がありました。シュルビッツと同じく絵本作家だった作者の自伝で、改めて今回調べてみると、二人は1939年のドイツのポーランド侵攻のときは、同じワルシャワに住んでいたことがわかりました。また、同じユダヤ人の作家のI・B・シンガーや、モーリス・センダックなども、世界の人々を感動させる素晴らしい作品を残しています。

 

また、この本は、訳者原田勝さんの57番目の作品ということです。原田さんは、いつもすばらしい作品を翻訳されていて、いきいきとした日本語でわたしたちに、作者が紡いだ本の世界のすばらしさを伝えてくれます。

 

今回、みなさんの感想にもあるように、戦争をあつかった本を苦手と感じる大人が多いと感じました。この重いテーマの本を子どもたちに手渡す時、躊躇することが多いと思います。しかし、この作品は、物語やアートが、人が生き抜くときにとても必要なものだと気づかせてくれますし、家族の深い愛情も感じることもできます。文体は、ウィットにとみ、たくさん入っている作者自身の挿絵が前に読み進めるのを助けてくれます。

 

作者自身もコロナのパンデミックの間、読者に何があっても、生き抜くことが出来るという事を感じてくれればいいなあと願っていることなどを、この作品に関するインタビュウーで語っています。

 

この本を当店のブッククラブで読んでくださった方からメールをいただき、「全編を通じて思うのは、子どもは大人がおもっているより、ずっとたくましいものだという事です。最近の胸が痛むような事件などを耳にするたび、子どもたちが大人になるとき、どんな世の中になっているのだろうと不安になりますが、どんな世界になっていても、子どもたちは多分柔軟に適応して、たくましく生きていくのでしょうね。この本を読んで心から、そう思いました。」書いてくれ、本当にそうだとうれしくなりました。