虹のブランコ #1

男の子の病室で

成人した娘に、ある日聞いたことがあります。「あなたは小さい時自分で本を読むのも好きだったけど、読んでもらうのも大好きだったわよね。自分で読むのと、周りの大人に読んでもらうのと、どう違うの?」

すると娘はちょっと考えて「そうねえ、ブランコに乗っている気分と同じかな。自分でこぐのも楽しいけど、大人に後ろから押してもらうと、自分でこぐよりもっと高く上がるでしょ。その時のフワーと浮いた感じがなんともいえないのよ。本の世界の中にドーンと入って、違う世界を旅している時の高揚感とそれがとってもよく似ているの。」

 

 今、わたしは病気や、障がいがある子どもたちに本を読むという『ブランコを押す活動』をしています。

 その一つ、県立こども病院(安曇野市)でのおはなしの会は、1997年から始まりました。当初は、子どもたちが集まるプレイルームでの読み聞かせが中心でしたが、病棟に保育士が配置されてからは、病室で読み聞かせができるようになりました。

ある日、手術を終えたばかりの男の子のところへ行ってほしいと依頼がありました。部屋に行くと、小学校低学年のその子は不機嫌そう。「何か本を読みましょうか?」というわたしの問いかけに「読まなくていい!」と答えました。

「それじゃあ、自己紹介だけして帰りますね。わたしの名前は、越高令子。れっちゃんれがつくレモンティーです」と持参した絵本『あっちゃん あがつく たべものあいうえお』を見せました。「あなたのお名前は?」と尋ねると、男の子はぼそっと「○○」。どうやら、とても興味を持ったようです。その後、家族や友達の名前を次々に言いだしました。「おかあさんは○○・おとうさんは○○・じいちゃんは○○・僕の一番の仲良しは○○…本には、どんな言葉が書いてある?どんな絵がついてる?」

そんなやりとりをしているところへ担当のお医者さんがきました。「先生、先生の名前はなんていうの?」「おいおい、忘れたのか?」「そうじゃなくて下の名前」「○○」「あ、じいちゃんと同じ絵の(ページ)だ」「ずいぶん元気がでてきたな。その調子!」

わたしが、帰ろうとすると、「あのね、一つぐらいなら、本を聞いてやってもいいよ」「あ、そう。それじゃ元気がでるように『11ぴきのねことあほうどり』はどうかしら?」読み終わる頃には、病室の空気はすっかりやわらぎ、男の子は「またね」とニコニコ顔で手を振ってくれました。

 

その後、短大の看護学科の学生たちに特別授業でこの話をすると、思いがけない感想をいただきました。「ぼくは、病気は医者と看護師という医療チームで治すものだと思っていましたが、お話を聞いて大切なことに気づきました。この男の子のように、本をきっかけに気持ちが前向きになり、病気に立ち向かう気持ちが出てくるとき、治療は進むのではないかなあと思います。一冊の本がきっかけで、そんなことが起こるなんて、びっくりです」

わたしは、あの男の子のブランコをちょっとだけ押してあげることができたのかな、と思えた瞬間でした。

 

「あっちゃんあがつく~たべものあいうえお」

 峯陽/原案 さいとうしのぶ/絵 

 リーブル 1800円+税 

 

作者が学童保育に勤務していた頃、子どもたちと一緒に言葉遊びをしながら作った絵本。数ある、あいうえおの本の中でも、抜群の人気があります。

濁音もあるので、自分の名前はどんな食べ物になっているかを子どもも大人も知りたがります。カルタもあり、楽しみながら言葉や文字を獲得する事ができるのも特長です。