虹のブランコ#15

子どもへの読み聞かせ

 巣立ちの季節。とうとうこの連載も最終回です。最後にわたしたちの「ちいさいおうち書店」で出会った、何人かの印象的なお子さんのことを書いてみたいと思います。

 「海」という科学絵本に夢中のTくんはサケに興味をもちました。あまり熱心なので、おかあさまが「大人のものでいいから、なにかよい本はないかしら?」とご相談にみえ、わたしも面白がって、書籍総目録(当時はインターネットがなかったので…)で調べ、何冊も候補を挙げました。彼はついには大人用のたいへん高価な「サケ」の写真集まで買ってもらい、熱心に読みふけりました。ある日スーパーに行くと、ノートを持った彼が、サケの売り場で熱心に買い物客にインタビューしている姿を発見!わたしは、笑いだしそうなのをこらえ、その場を立ち去りました。彼はその後、分子生物学者になりました。

 人形劇の「三国志」を見ているうちに、原作を読みたくなったというKくんは、子ども用の中国の読み物は全て読破。ついには「中国古典文学大系」という注釈つきの本まで買ってもらいました。さすがに、スラスラ読む、というわけにはいかなかったようですが、歯科医になった今も歴史が大好きだといいます。

 大人顔負けの読書家だったSくん。わたしは彼と本の話をする時は、年齢の垣根を越えて本当に楽しかったことを覚えています。彼はとても妹思いのやさしいお兄ちゃん。『てがみをください』という絵本を読んだ妹が「わたしにも手紙がくるかしら?」と毎日郵便受けを見ているのを心配して、主人公に代わって手紙を書いてポストに入れました。税理士になった今も本の力を信じ、忙しい時も読書が何よりの楽しみといいます。

 

 こうした子たちに共通しているのは、子どもの無限の可能性を信じ、一緒に面白がってくれる親の存在です。

 この連載にすてきな挿絵を描いてくれた阪西歩さんにも小さいころ印象に残った絵本を聞きました。すると『サリーのこけももつみ』をあげてくれました。これはモノクロの一見地味な作品ですが、見事なデッサンが印象的です。絵の好きな歩さんならではの選書と思ったのですが、以外にも印象に残っているのは、こけももをバケツにつんだときの音「ポリン・ポロン・ポルン!」だったそうです。親の読んでくれた響きで耳に残っているというのです。

 これには、合点がいきました。幼児は擬音が大好き。特に響きのいい音は子どもの心に刻み込まれます。なんて幸せな読書体験でしょう!

 わが家では、祖父母の存在がとても重要です。絵本を読む声やイントネーションは、孫みんなが覚えている共通の音。例えば『こぶじいさま』の「くるみは ぱっぱ、ばあくづく おさなぎ、やぁつの おっかぁかぁ」は、今もみんなで大合唱できます。孫それぞれに、祖父母の思い出と絵本が結びついています。

 その母は20年近く前に亡くなりました。葬儀で娘の読んだ弔辞には「わたしたち孫に『わすれられないおくりもの』を残してくれたと思います」とあり、びっくりしました。これは、同名の絵本にちなんでいるのですが、大人が子どもに心を込めて絵本を読む行為は、まさに見えない贈り物を次の世代に届けることなのだと確信しています。

いままで連載をお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

わすれられない 

    おくりもの」

 

 スーザン・バーレイ/さく・え 

 小川仁央/訳

 評論社 1,200円+税

 

 賢くて、何でも知っているアナグマは、いつもみんなに頼られ、慕われていた。年を取り、自分の死を悟ったアナグマは、自分のいなくなった後も森の仲間たちが助け合って暮らせるようにと知恵や工夫を残していきます。

「長いトンネルのむこうに行くよ」という印象的な手紙が忘れられない感動的な作品です。