こちらでは、越高令子が担当している新聞のコラムをご紹介します。
2014年1月~2015年3月まで信濃毎日新聞で毎月第4木曜日に連載していました。
2010年に設立した「本と子どもの発達を考える会」での活動を通して
経験したことを中心に、子どもと本の出会いについて書いています。
ありがたいことに県外の方からも「読みたい!」とご要望いただいたため
新聞社に了解をいただき、新聞掲載後にこちらで紹介できることになりました。
巣立ちの季節。とうとうこの連載も最終回です。最後にわたしたちの「ちいさいおうち書店」で出会った、何人かの印象的なお子さんのことを書いてみたいと思います。
「海」という科学絵本に夢中のTくんはサケに興味をもちました。あまり熱心なので、おかあさまが「大人のものでいいから、なにかよい本はないかしら?」とご相談にみえ、わたしも面白がって、書籍総目録(当時はインターネットがなかったので…)で調べ、何冊も候補を挙げました。彼はついには大人用のたいへん高価な「サケ」の写真集まで買ってもらい、熱心に読みふけりました。ある日スーパーに行くと、ノートを持った彼が、サケの売り場で熱心に買い物客にインタビューしている姿を発見!わたしは、笑いだしそうなのをこらえ、その場を立ち去りました。彼はその後、分子生物学者になりました。
人形劇の「三国志」を見ているうちに、原作を読みたくなったというKくんは、子ども用の中国の読み物は全て読破。ついには「中国古典文学大系」という注釈つきの本まで買ってもらいました。さすがに、スラスラ読む、というわけにはいかなかったようですが、歯科医になった今も歴史が大好きだといいます。
大人顔負けの読書家だったSくん。わたしは彼と本の話をする時は、年齢の垣根を越えて本当に楽しかったことを覚えています。彼はとても妹思いのやさしいお兄ちゃん。『てがみをください』という絵本を読んだ妹が「わたしにも手紙がくるかしら?」と毎日郵便受けを見ているのを心配して、主人公に代わって手紙を書いてポストに入れました。税理士になった今も本の力を信じ、忙しい時も読書が何よりの楽しみといいます。
こうした子たちに共通しているのは、子どもの無限の可能性を信じ、一緒に面白がってくれる親の存在です。
この連載にすてきな挿絵を描いてくれた阪西歩さんにも小さいころ印象に残った絵本を聞きました。すると『サリーのこけももつみ』をあげてくれました。これはモノクロの一見地味な作品ですが、見事なデッサンが印象的です。絵の好きな歩さんならではの選書と思ったのですが、以外にも印象に残っているのは、こけももをバケツにつんだときの音「ポリン・ポロン・ポルン!」だったそうです。親の読んでくれた響きで耳に残っているというのです。
これには、合点がいきました。幼児は擬音が大好き。特に響きのいい音は子どもの心に刻み込まれます。なんて幸せな読書体験でしょう!
わが家では、祖父母の存在がとても重要です。絵本を読む声やイントネーションは、孫みんなが覚えている共通の音。例えば『こぶじいさま』の「くるみは ぱっぱ、ばあくづく おさなぎ、やぁつの おっかぁかぁ」は、今もみんなで大合唱できます。孫それぞれに、祖父母の思い出と絵本が結びついています。
その母は20年近く前に亡くなりました。葬儀で娘の読んだ弔辞には「わたしたち孫に『わすれられないおくりもの』を残してくれたと思います」とあり、びっくりしました。これは、同名の絵本にちなんでいるのですが、大人が子どもに心を込めて絵本を読む行為は、まさに見えない贈り物を次の世代に届けることなのだと確信しています。
いままで連載をお読みいただき、ありがとうございました。
「わすれられない
おくりもの」
スーザン・バーレイ/さく・え
小川仁央/訳
評論社 1,200円+税
賢くて、何でも知っているアナグマは、いつもみんなに頼られ、慕われていた。年を取り、自分の死を悟ったアナグマは、自分のいなくなった後も森の仲間たちが助け合って暮らせるようにと知恵や工夫を残していきます。
「長いトンネルのむこうに行くよ」という印象的な手紙が忘れられない感動的な作品です。
「ありがとう、フォルカーせんせい」(パトリシア・ポラッコ作・絵、光咲弥須子訳、岩崎書店)という本を初めて読んだ時の衝撃と感動を今も思い出します。
主人公のトリシャは、成長して本が読めるようになることを楽しみにしているのに、いつまでたっても、字も数字もくねくねした形にしか見えません。クラスのみんなが笑うので、トリシャは学校が大嫌い。彼女が5年生になった時、新しくやってきたフォルカー先生は「君には、字や数字がみんなと違ってみえるのに、落第しないでここまできたんだ。君は必ず読めるようになる。約束するよ」と励まします。
ここまで読んで、彼女にはLD(学習障害)という発達障害があるのではと気づいた方もいるかもしれません。LDとは、読む・書く・計算するという能力が、全体的な知的発達に比べて極端に苦手な子どものことです。
彼女はこの後、国語の先生による放課後の特訓で独力で本が読めるようになります。そのくだりは感動的です。
「信じられない。魔法みたい!頭の中に光がぱあっと差し込んだ!言葉も文も、今までとは全然違ってみえた。何が書いてあるのか、意味も全部わかる!」
そう、この主人公トリシャこそ、小さいころの著者の姿そのものだったのです。
わたしが、この絵本を初めて読んだころは、発達障害の知識もあまりありませんでした。その後、発達障害の本をいろいろ読むうちに、「怠けてなんかない!ディスレクシア 読む・書く・記憶するのが困難なLDの子どもたち」(品川裕香著、岩崎書店)に出合いました。
品川さんは子どものころ、アルファベットを知らないままアメリカに住んでいたことがあります。そのときの文字が読めない、書けないという体験がこうした本を書く原動力になったそうです。
読めない、書けないという実体験のほかにも、この2冊には共通点があります。
それは、困難に直面した時、ぎゅっと抱きしめて理解してくれる教師がいたことです。肉親以外で、彼女たちのことを分かってくれる誰かがいるという幸せが、彼女たちに勇気を与えたのです。
わたしの所属する「本と子どもの発達を考える会」は以前、品川さんを招いた勉強会を開きました。終了後、外国人の子どもを支援する仕事に取り組む方たちが熱心に質問し、品川さんは実体験を交え、丁寧に答えていました。わたしたちが特別支援学級で読んできた絵本に対するアドバイスもとても的確でした。
品川さんはその後、発達障害をテーマにした絵本を次々と翻訳します。最新刊の「ボクはじっとできない」は、副題にもあるように「自分で解決法をみつけたADHDの男の子のはなし」です。
主人公のデイヴィッドは、ADHD(注意欠陥多動性障害)の男の子。次から次へと何か「すっごいアイデア」が浮かび、それを後先考えずに実践することで周囲に迷惑をかけてしまう。先生を怒らせてばかりで、とうとう両親が月曜日に学校に呼び出されることに。デイヴィッドが週末、一生懸命考えた解決法とは…。絵本の新たな力を感じさせてくれる1冊です。
「ボクはじっとできない」
バーバラ・エシャム/文
マイク&カール・ゴードン/絵
品川裕香/訳 岩崎書店 1,600円+税
自分が「じっとできない病」だと気付いたデイヴィッドは、さまざまな解決法を先生に提案。いまするべきことを書いた「注意・集中力こうじょうカード」、体が勝手に動きそうな時に握って心を鎮める「ストレス・ボール」などのアイデアが、ユーモアあふれるイラストとともに描かれます。巻末の専門医と品川さんによるコメントも障害の理解に役立ちます。
重い障害のある子へ
前回に続き、私たちが特別支援学校の重度重複障害の子どもたちに行ったおはなしの会の様子をリポートします。
当日、車椅子に乗った子どもたちと先生がプレイルームに次々と集まってきます。こども病院や他の施設での読み聞かせの経験から、私たちは今回、子どもたちに一番人気のあるポップアップ絵本(飛び出す絵本)2冊を中心にプログラムを組み立てました。
1冊目は「しあわせならてをたたこう」。あの有名な曲の歌詞を基にした絵本です。実演する3人が1冊ずつ手に持ち、三方に分かれて歌いながら子どもたち一人一人の近くに行きます。仕掛けを動かしながら読むと、ページを開くたびに動物がいろいろな動作をするので、車椅子に寝たままの子も思わず手を伸ばして触りたがったり、ニッコリしたり。
担任の先生も「まあ、ねこちゃんが手をたたいているよ」とか、「おや、犬がしっぽを振っているよ。見てごらん」と子どもさんの手を取ったり、体をさすったりしながら、一緒になって楽しそうに聞いてくれます。ほんの3、4分で終わる絵本ですが、始める前と終わった後では、その場の空気が変わるような気がします。聞き手の心の扉がちょっと開くのです。
次の「ポップアップ・サファリ」は、動物園の中で最も人気のある、6匹の動物の顔が大迫力で現れます。「ゾウ」「ライオン」「キリン」と出てくるたびに、子どもも大人も大興奮。この絵本も3人がそれぞれ手に持ち、子どもたちの車椅子のすぐそばまで順番に歩いて読みました。
周りにいる大人もいっしょに絵本を楽しんでいたからでしょうか。最後の「おおきなおいも」という巻き込み式の紙芝居では、付き添いの先生たちがおいもを抜く場面で次々に飛び出してきて、「うんとこしょ、どっこいしょ」とおいもを抜く動作をしてくれました。これは全く打ち合わせになかったことですが、子どもたちも大喜び。先生たちもとても楽しそうでした。
今回のプログラムは、普段学校でやっている方法からはかなりアレンジしています。「障害のある子は絵本はあまり必要ないのでは」と大人は考えがちですが、実際に子どもたちの反応を見てもらうことで、「そんなことはない」と思っていただけたらと試行錯誤を重ねています。
今回も強く感じましたが、子どもたちと普段接している先生たちの細やかな配慮は、私たちにはとうていまねのできないすばらしいものです。目の焦点が合うように、抱き上げてくれたり、補聴器を調節してくれたり、しっかりと子どもの体を支えてくれたり…。そのちょっとした気遣いが、重い障害のある子にも絵本を届ける大きな一歩なのだ、と私たちも学びました。
豊かな色彩と言葉の宝庫である絵本。本をこよなく愛し、どの子にも届けたいと願う大人と、子どもをこよなく愛し、何とかしてハンディキャップのある子に広い世界を見せてあげたいと願う大人がタッグを組めば、そこにはよい化学反応が生まれるのではないか。そう感じた体験でした。
「しあわせなら
てをたたこう」
デビット・A・カーター/作
きたむらまさお/訳
大日本絵画 1,400円+税
日本では坂本九が歌った誰もが知っている曲。その歌詞を基にした仕掛け絵本です。それぞれのページに付いたつまみを引っ張ると、動物が手をたたいたり、しっぽを振ったり、ウィンクしたり…。どこで読み聞かせをしても、子どもたちが自然と歌ったり、手拍子を打ったりしてくれる1冊です。
「本と子どもの発達を考える会」は現在、「いのちの本展~みんないっしょに生きている」という学校巡回展に取り組んでいます。
<きもち><大切なひとりひとりの命><病気の子どもたち><あなたのまわりのいろいろな人>。こうしたテーマに沿って本を貸し出しています。いのちのことで知りたいことや困ったことがあったら、本が力になれるよ―というメッセージを込めています。昨年は7校、今年も7校のお申し込みをいただきました。
今年はこの巡回展をさらに発展させようと、二つの活動をはじめました。一つは学校の出前授業。クラス単位でいのちの本のブックトーク(本の紹介)をしています。もう一つは、展示する本を使ったおはなしの会です。私たちは11月、ある特別支援学校の全クラスでおはなしの会を開きました。その様子を今回から2回に分けてリポートしたいと思います。
まずは実演する3人が集まり、プログラムの検討です。
この学校でおはなしの会をするのは初めてです。ただ、この学校の教師だった人が私たちの仲間に加わったので、子どもたちの様子がよく分かり、プログラムづくりに大変役立ちました。
実際の会でも、その会員は子どもたちの発言に丁寧に耳を傾けながらお話を読んでいたのが印象的でした。子どものペースで読むことの大切さをあらためて感じました。
小学部、中学部、高等部と共通してぜひご紹介したいと考えたのが「どんなかんじかなあ」という絵本です。
「ともだちのまりちゃんはめがみえない。それでかんがえたんだ。みえないってどんなかんじかなあって」と始まるこの絵本。主人公のひろくんは、まず目をつぶってみます。すると、「なんてたくさんのおと!」。思わず、「みえないってすごいんだね」といいます。
「もう一人のともだちのさのくんは、耳がきこえない。きこえないって、どんなかんじかなあ」。ひろくんは今度は耳栓で耳をふさぎます。このように、主人公は次々と他の友達の困難さを自分も体験してみようとします。
震災で親を亡くしたきみちゃんにも出会います。しかし、試しに親を失ってみることはできません。
後日、きみちゃんはひろくんにこう言います。「わたしね、いちにちじいっとうごかないでいてみたの。どんなかんじかなあと思って」
ここで衝撃がやってきます。これまで上半身のアップで描かれていたひろくんの全身が、カメラがすーっと引くように描きだされ、ひろくんの体がどんな状態なのか読者に明らかにされるのです。「はっ」とする子、「えっ」と驚く子…。聞き手のこころに小さなさざなみを起こす絵本ともいえるでしょう。
私たちはさまざまな場所でこの絵本を読んできました。大人はよく、「相手の立場になって考えなさい」と言いますが、実はそれはとても難しいことだと思います。けれど、「どんなかんじかなあ」と相手に寄り添って考えてみることなら、誰にでもできる気がするのです。この絵本はそんなメッセージをふわりと子どもたちに届けてくれます。
「どんなかんじかなあ」
中山千夏/文 和田誠/絵
自由国民社 1,500円+税
この本が生まれたのは、作者の中山千夏さんが難病の女の子と出会い、話したことがきっかけです。それぞれが何かしらどうにもならないつらさを背負って生きている。そんなことを深く考える中で、この絵本ができました。表紙に描かれている男の子が、主人公のひろくん。和田誠さんの軽やかでメリハリのあるイラストは、深刻な問題を軽やかに描き出していて魅力的です。
子どもの本屋にとって、クリスマスに向かうこの時期は、プレゼントを選ぶお客様のすてきな笑顔に出会える至福の時です。
「クリスマスは輝かしい季節です。愛と、やさしさと、楽しい笑い声の満ちあふれる日、他の人を思いやる日、親切な思いつきが、ふつふつと湧く日です」。これは、クリスマスにまつわる童話や詩を集めた「クリスマス物語集」の一節ですが、この文章を具現化したような「サンタ・プロジェクト」が松本で進んでいます。今回はその実践を紹介したいと思います。
「あなたもサンタクロースになりませんか」。こんな呼びかけで、松本市の市民活動サポートセンターを拠点に市民有志が集まり、クリスマスを病院で過ごす子どもに本を贈る試みが始まったのは2012年のことです。
入念な準備を経て始まったこの活動。まずは信州大医学部付属病院の小児科と県立こども病院に入院する子どもたちに本のリクエストを聞き、カードに記入してもらいました。趣旨に賛同した人は、市内の協力書店に出向き、カードを見て本を購入。リクエストをした子へのメッセージを書きます。それを集め、それぞれの病院にクリスマスに合わせて届ける取り組みで、アメリカでの実践を参考に、牧師の大沢秀夫さんが新潟県新発田市で始めました。
この取り組みを講演で聞いた松本のメンバーが、わたしたちもやりましょう-と名乗りを上げたのです。ちなみに、大沢さんは以前松本にも長く住み、ご自身のお子さんも長期入院の経験があります。
両病院とも、以前から読み聞かせボランティアが入り、子どもたちが本を好きなことが分かっていたので、受け入れもスムーズでした。他の地域では「病気の子どもたちはあまり本は読まないから…」と難航することもあったとか。私たち「ちいさいおうち書店」も協力店に選んでいただいたのですが、なんとその年は、わずか3日ほどで必要な本が満たされる人気ぶり。しばらく来店されなかったお客様も、病気の子どもを応援したいと駆けつけてくれました。
昨年は、支援の必要な小中学生の通う「松本あさひ学園」にもプレゼントの範囲が拡大され、子どもたちに本が贈られました。学園の先生方からは「子どもたちは自分だけの本のプレゼントに大喜び。『みんなのこと、応援してくれる人がいっぱいいるんだよ』と伝えました」とか、「めったに感情を表さない子が、一人になった時、うれしいと言ってわっと泣きだしたのにはびっくりしました」といった感謝の言葉をいただきました。
発案した大沢さんは、この活動の広がりを聞き、「教会の鐘の紐をちょっと引いたら、ガランガランとすごい音がして、すごいものを引き当てたような心境です」とおっしゃいました。
今年も、プロジェクトが動きはじめました。昨年、院長、看護師長、事務局長がサンタクロースやトナカイに扮して、プレゼントを配ったこども病院では、さらにワクワクする仕掛けを考案中とか。
みなさんも、今年は誰かの心に残る本をプレゼントしてみませんか?
「クリスマス物語集」
中村妙子/編・訳 偕成社 1,400円+税
世界各地で読み継がれたクリスマスの伝説・童話・詩を14編収録。チャールズ・ディケンズや「ニルスのふしぎな旅」で知られるセルマ・ラーゲルレーブといったおはなしの名手が紡ぎだす物語は、きらきらしていて、心がほっこりするものばかり。冬の夜の読み物に最適です。
5歳の娘と本を読む
わたしは娘が5歳の頃、いっしょに本を読むことですばらしい体験をしました。5歳といえば、ひらがなを覚えはじめ、拾い読みを始める時。また、この時期は、耳がとても良くなり、絵を見なくても、昔ばなしやお話を聞くことができるようになります。
その時読んだ本は「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」。娘が保育園でなわとびができるようになった日を待ち、「きょうはなわとびが出てくるとっても長いお話を読むから、いつもより早くお布団に入ろう」と娘を誘い、布団にもぐりこみました。娘は神妙な顔で、わたしが読むお話を聞いていました。
このお話は、なわとびがうまい女の子エルシーが主人公。七つになった頃には妖精の国でもなわとび上手が評判になり、妖精の師匠から、1年間みっちりなわとびの手ほどきを受け、誰にも負けないなわとび名人になります。
時は流れ、おばあさんになったエルシーのもとへ、村の危機が伝えられます。よくばりな地主が、村人の憩いの場であるケーバーン山でのなわとびを禁止するというのです。その時エルシーは敢然と立ち向かいます。
お話のクライマックスで、地主が立ち入り禁止の杭を打ち込もうとした所を読んだ瞬間、びっくりするようなことが起こりました。娘が「うー」と低いうなり声をあげたのです。わたしは、あっけにとられ、娘がどうかなったのかしらと思いました。まるで魂をどこかに持っていかれたかのような顔だったのです。
ところが、その後エルシーが登場し、なわとびを始めた途端、一転して娘の表情は輝き、布団から出ると、なわとびをするまねを始めたのです。その幸せそうなこと!
「あー、子どもにはかなわない。どうやったって、こんなお話の味わい方は大人にはできない」と、思い知らされました。お話の魔法にすっぽりと包まれた時間。子どもといっしょに本を読んできた中でも、それは忘れられない至福のひとときとなりました。
この時読んだ「ファージョン作品集」は長いことわたしの本棚にありましたが、実は特別お気に入り、というわけではありませんでした。ところが、ある交流会で、ゆうに30分を超えるこのお話を語った人がいたのです。その時は、わたしの目の前にエルシーが現れ、軽快になわとびをしたかのようでした。活字で読むのではなく、人にお話をしてもらうすばらしさを、わたしは身をもって知りました。その体験から、このお話は自分の娘と一緒に読もう―とタイミングを計っていたのでした。
「あんなに絵本を読んであげたのに、うちの子はちっとも本を読まない」と嘆く親御さんは多いのですが、「本を読んでもらうこと」と「自分で読むこと」の間には大きな溝がある気がします。読んでもらうことは、親の愛情を感じながら本の世界に入っていける楽しい時間です。
それに対し、一人で本を読むようになるには、ちょっと手助けが必要です。この時期こそ、大人は生の声で本を読み、いっしょに楽しみましょう。耳で聞き、頭の中にイメージができれば、一人読みまであと少しです!文字を読む速度とイメージする時間が一致すれば、子どもたちは一人でどんどん本の世界に入っていけるようになります。
「エルシー・ピドック、
ゆめでなわとびをする」
エリナー・ファージョン/作
シャーロット・ヴォーク/絵
石井桃子/訳 岩波書店 2,100円+税
1956年に第1回国際アンデルセン賞を受けたイギリスの児童文学作家エリナー・ファージョンの作品。初めて絵本化するにあたり、シャーロット・ヴォークはイギリスにあるケーバーン山を実際に訪問。「すばらしい場所だった。魔法が生きていた」と語っているという。
わたしが、所属している「本と子どもの発達を考える会」が大切にしている活動の一つに、「小学校の特別支援学級での読み聞かせ」があります。2010年に始まったこのプログラムは、松本市内の3校の協力のもと、担任の先生と綿密に打ち合わせをするところから始まりました。
知的障害児、情緒障害児と一緒のおはなし会をご希望だったので、どんな障害のある子どもたちでも、「あー、この絵本おもしろかった」「楽しかった!」と思ってもらえるようなプログラムが必要になりました。そこで担当者は毎回、「色」「音」「言葉」などのテーマを考え、それに沿って本を選びました。
中でも大切にしたのは、見て分かりやすいことや言葉のリズムがよく覚えやすいこと。それに加え、子ども自身がおはなし会に参加しているという気持ちになれるように復唱したり、クイズ形式にしたりと集中が途切れないような配慮が話し合われました。
名作といわれる絵本も、ちょっとした工夫でより楽しめることも分かってきました。その代表格が「あおくんときいろちゃん」です。世界的なデザイナーのつくった極めてデザイン的なこの絵本の登場人物は、色の付いたちぎった紙。あおくんやきいろちゃんなどとして動き、物語が展開していきます。
絵が人や物の形をしていないことや、見開きで2場面あるページが多いため、見ている子がどこを読んでいるのか分からず、混乱するのではないかという意見が出ました。そこで試しに、普段は聞き手の邪魔になるのであまりやらない指さしをして「あおくんです」と読んでみました。効果は抜群で子どもたちは最後まで画面にくぎ付け。先生たちからも「この本はすごい!どんな子も話が進むにつれ、集中して聞いていました」との感想が出ました。
このように試行錯誤していますが、時には失敗もあります。教室では、黒板の掲示物や遊具を上手に片付けておかないと、それが気になっておはなしに集中できない子も多いのです。また普通学級では、おはなし会のときは直接床に座ることが多いのですが、特別支援学級では椅子に座った方が落ち着きました。
わたしは、このプログラムの最後の会にお手伝いとして参加しました。進行はいつもの2人です。ワークショップ「たのしい絵本 たくさん読んだよ」と題して、ミニ本作りをしました。
これまで読んだ本を思い出しながら、第1回で使った絵本を5冊並べ、クイズに答えます。正解すると、絵本の表紙のシールを貼ります。以降、2〜5回も同様にクイズに答えながらシールを貼ると、最後にすてきな手作り絵本ができあがります。このアイデアは、実に効果的でした。
ちなみにこの日の会場は、いつもの教室ではなく学校の図書館。ここでも、司書の先生の全面的なご協力で楽しい仕掛けが用意されていました。図書館の書架にはこれまでに読んだ本があり、それを見つけるのです。そこには、何げなく折り紙でできた目印が…。それに気づき、本の場所を見つけた子どもは、自分で作った絵本と先生からもらった折り紙のメダルを大事そうに持ち、ニコニコ顔。2年間、本を読んできたことの確かな手ごたえをメンバーはかみしめていました。
「あおくんときいろちゃん」
レオ・レオーニ/作 藤田圭雄/訳
至光社 1,200円+税
グラフィックデザイナーで絵本作家の作者が、2人の孫に紙をちぎってお話ししたところから生まれた美しい絵本です。登場人物のあおくんときいろちゃんがページのどの場所に置かれるかでまったく色が違って見えるから不思議。混ざって黄緑になるところで、声を上げる子どももいます。
今回は科学の絵本で子どもたちの気持ちをつかんだお話をしたいと思います。
こども病院の個室で、小学校低学年の男の子とお父さんが下を向いてゲームに熱中しているところに出くわしました。
「あの、お話を読みに来たのですが…」とわたし。
父親が顔を上げ、「せっかくだから読んでもらおうか」。
こんな時、ゲームのおもしろさに対抗できる本は―。
わたしはキャスターの付いた本棚「ブックトラック」から、この親子に合う本は何かと思いをめぐらしました。
「そうだ、先日小学校で読んだこの本にしよう」と取り出したのは「だれだかわかるかい?むしのかお」。虫を正面から撮った写真の絵本です。読者に虫の名前を当ててもらうクイズ形式になっています。
表紙にある、まるで電話をかけているようなポーズの昆虫の名は「クビキリギス」。ほとんどの人が当たらないこのクイズで「へえ」と驚いたところで問題を続けます。
次のページはバッタ。どのクラスにも虫博士がいて「トノサマバッタ」と正確に答える子がいます。
さて、先ほどの親子ですが、ゲームの手を止め、だんだん真剣に絵本を見つめ始めました。
最後は難問です。「小さな顔に小さな目だけど、笑わないでね。これには、訳があるんだから」との言葉が写真に添えてあります。ここでほとんどの人が、なぜか「カマキリ」と答えるのですが、ゲーム機に目をやりながら、ちらちらこちらを見ていた父親が突然「『エダナナフシ』じゃないですか」と答えたのです。
わたしは思わず大きな声で「大正解。すごいですね。ほとんど当たらないんですよ」と言いました。その時のお父さんのうれしそうな顔!
その後、「実は小学生の時に虫が大好きで、机の中にいっぱい入れて、先生に悲鳴を上げられたんですよ。夕方になっても虫捕りに夢中で帰らず、親にひどく怒られたなあ」と話してくれました。
初めて聞いた父親の少年時代の話に、今度は息子さんが大興奮。2人で読んでもらおうと、わたしは病室に絵本を置いていきました。
帰りにもう一度そっとのぞくと、2人は頭をつきあわせて、その絵本を見ながら、楽しそうにおしゃべりしていました。
やったあ!読み聞かせというと物語の絵本に偏りがちですが、科学絵本にはこんなふうに、自然の好きな子を引きつける効果があります。
科学絵本をもう一冊。「おてんきかんさつえほん あしたのてんきははれ?くもり?あめ?」(福音館書店)は気象研究家の根本順吉さんが監修し、野坂勇作さんが劇仕立てに仕立てました。楽しみながら生きる知恵が身に付く本です。
たくさんの子どもたちに読むときは一工夫し、「はれ」「くもり」「あめ」のマークの入ったカードを3枚1組にして、代表の何人かに渡し、クイズに答えてもらいます。
では、読者の皆さんも考えてみてください。
次のような時、あすの天気はどうでしょう。
「あさつゆを見つけたら?」「山にかさぐもがかかっていたら?」「とおくの音が近くに聞こえると?」
五感をフル活用し、お天気観察をしてみましょう。スマホなどで調べるのでなく、親子でわいわいとあてっこをすれば、新しい楽しみ方が生まれるのではないでしょか。
「だれだかわかるかい?むしのかお」
今森光彦/文・写真 福音館書店 900円+税
世界で活躍する昆虫写真家の、愉快で楽しい写真絵本。
なかなか見ることができない昆虫の正面の顔がアップで写っています。ナナフシが枝に変身した様子や、カマキリの顔のアップは圧巻!
ある時、特別支援学校の中等部の生徒と先生たちが
「図書館遠足」に出かけるというので、私も見学させてもらうことにしました。
その日、生徒たちは、初めての体験を三つしました。
まずは、図書館の蔵書がどんな分類になっているのかを
図書館の職員から聞きました。
次に、全員が利用者カードを作ってもらいました。
そして、おはなし会です。
図書館の職員とボランティアが、生徒たちのためだけに開いてくれた会です。
この日に備え、係の先生とボランティアのメンバーは丁寧に打ち合わせをしました。
中学生なので、幼稚な内容は避けること。
反対に、お話に退屈して集中力が切れることのないよう、
読み手と聞き手とが掛け合いする場面をつくることにしました。
プログラムのクライマックスは、絵本「ドオン!」の読み聞かせです。
読み手は2人。
1人はオニの子になり、もう1人が人間の男の子になって
読み分けながら進みます。
「オニのこドンはいたずらもの。ともだちのつのはきるし、パンツはやぶくし」
「『でていけ!』とうとう うちからおいだされました」
「にんげんのこ こうちゃんも『でていけ!』と うちからおいだされました」
と読んだ、その時でした。
突然、わたしの前に座っていた男の子が靴をつかみ、
部屋からすごい勢いで飛び出しました。
横にいた男の先生も機敏な動作で追いかけ、
「大丈夫、おまえさんに言ったんじゃないよ」となだめ、連れて帰ってきました。
「でていけ!」とは、自分に言われたのだと勘違いしたようです。
あっという間の出来事に、読み手は、2人ともびっくりして、ちょっと固まってしまいました。でも、その他の生徒は、気にすることなく集中していたので、お話を中断することなく、そのまま続けることができました。
思わぬハプニングで、いったん中断されましたが、
その日のおはなし会の盛り上がりは最高でした。
みんなで太鼓をたたく場面では、生徒も先生も体を揺すり、ノリにノッていました。
後日、企画した先生から、こんな話を聞きました。
「あの時、飛び出していった男の子が『でていけ』という言葉に反応したのは、
ちゃんと話を聞いていたってことだね」。
先生たちはこう喜んで、感心したというのです。
いつもだったら、そんなことがあると他の生徒も動揺するのに、
とても集中して最後までお話を楽しめたのもうれしい誤算だったようです。
さらにうれしいことがありました。生徒の家族から、こんな報告があったそうです。
「図書館はとてもいいところだからみんなで行こう」
と休みの日に一家で図書館に行き、家族で登録カードを作って本を借りました。
子どもから思いがけない提案をされ、うれしくなりました、
と連絡帳に書いてあったそうです。
生徒に新しい体験をさせたいと願った学校の先生、
その気持ちに応えた図書館員とボランティア。三者の思いが相乗効果を生み、
すてきな「図書館遠足」になりました。
支援を必要とする子どもたちにとって、
さまざまな立場の大人と接する機会はとても貴重なもの。
こうした経験を通して、子どもたちは、社会との関わり方を学べるのだと思います。
「ドオン!」
山下洋輔/文 長新太/絵 福音館書店 1,100円+税
日本を代表するジャズ・ピアニストと、和太鼓集団・「佐渡国・鼓童」の人々との交流から生まれたこの絵本。2人の分担をしっかり決めてよく練習して読めば、ちょっとしたライブ感が楽しめます。
親子でもどうぞ。
ある日、特別支援学校の先生をしている友人からメールが入りました。「『ぴっつんつん』という絵本で、児童の1人と楽しく遊んでいます」と書かれていました。早速、わたしは本を取り出し、声に出して読みました。すると不思議なことに、自然に言葉がリズムにのってぴょんぴょんはねだしました。
「ちゃぷちゃぷ ぱちゃぱちゃ ぴっつんつん」「べちゃべちゃ びちゃびちゃ ぐちゃんぐちゃん」
これは、愉快!
「どういうふうにお子さんが反応したか、ぜひ教えて」とわたしは尋ねました。その日学校では、自閉的な傾向がある女の子が、友人の持っていたこの絵本に強く興味を示したそうです。「いっしょに あそぼ」と誘う言葉がお気に入りだったとか。
その次に興味をもったのが擬音の楽しさではなく、傘を持った子どもを描いた31の色。絵本に挟んであったリーフレットには、絵を担当したもろかおりさんの短い文章が載り、すべての色の名前が書かれていました。「サンフラワー、ダンデライオン、ターコイズ、アメジスト、カーマイン・・・」耳慣れない色の名前を先生が読み上げると、その女の子はとても興味を持ち、31色すべてを覚えてしまったそうです。
先生が、的確にその子の興味を引き出した見事な例ですね。このあと、色鉛筆を使った色遊びに発展し、2人はこの絵本を、10日間も読み続けたのだそうです。
わたしたち「本と発達を考える会」のメンバーは、自閉症の親子のおはなし会について、社会福祉協議会の方からご依頼を受けた時、2人の掛け合いでこの絵本を読もうと計画しました。
人との関わりが難しい自閉症児の集団での読み聞かせがスムーズにいくのか、わたしたちは不安でした。そこで、障害のあるお子さんを育てたメンバーに助言を受け、こんなふうにしてみました。会が始まる前、親御さんたちに、「多少騒いでも、こちらは全然気にしないので、子どもさんをしからないでくださいね」とお伝えしたのです。ちょっとドキドキのおはなしの会が始まりました。
「あめが つんつん ぴっつんつん」とわたし。「つんつん ぴっつん ぴっつんつん」と相方。だんだん擬音がにぎやかになっていきます。「たんたん たたん たん たたん」「ごぼごぼ ざばざば ばしゃんばしゃん」
2人で声を合わせ、雨の歌を歌います。子どもたちだけでなく、お母さんたちも、リズムを取って楽しそう。なんとか最後までたどりつき、笑顔で絵本を読み終わることができました。もちろん、あっという間に、どこかに行ってしまったお子さんもいたのですが・・・。
後で主催者にお聞きして分かったのですが、親御さんたちは、親子いっしょでお話を聞くことに不安があったそうです。今まで集団の中で、絵本を最後まで楽しめないことが多かったからでした。わたしたちの伝えたはじめの一言で親御さんも安心し、いっしょに絵本を楽しめたと聞いて、ほっとしました。
子どもたちの特性をよく見極め、楽しんでもらう努力をわたしたち読み手は怠ってはいけない、と身が引き締まる思いでした。
「ぴっつんつん」
もろ かおり絵 武鹿 悦子・文 後路好章・構成
くもん出版 1.200円+税
編集者の後路好章さんがぶらりと入った画廊でふと目にした、黄色いレインコートと傘をさした女の子の絵。もろかおりさんの描いたこの絵を見たことが、物語の始まりでした。言葉を付けてほしいと依頼を受けた詩人の武鹿悦子さんは、たくさんの絵コンテを見た途端、体の中で音が跳ねたといいます。擬音語だけで構成された雨の絵本の出来上がりです!
わたしは学校からおはなしの会のご依頼をいただくと、必ずプログラムに入れてきたことがあります。それは、テーマにそった本の紹介、子どもたちと詩をクイズなどにして楽しむ時間、そして本を持たずに子どもたちにお話をとどけるストーリーテリングです。中でもちょっと一息ついて、子どもたちと詩や言葉遊びの本を使って交流するのは、とても楽しい時間です。
わたしが、はじめのから最も利用させてもらっているのが、詩人くどうなおこさんの『のはらうた』です。これは、クイズにして楽しみます。
「みなさん。野原にはどんな動物や虫がすんでいますか。教えてください」。すると、たくさんの動物や虫の名前があがります。「それでは、わたしがこれから詩を読みますが、なんとこれは、動物や虫がつくった詩なんです。誰が作ったか当ててください。あ、言っておきますが、最後まで聞いてから手をあげること。はいと声を出した人には当てません」こう断ってから、始めます。
「おう なつだぜ おれは げんきだぜ あまりちかよるな おれの こころも かまも どきどきするほどひかってるぜ(後略)」
さて、読者のみなさんはおわかりになりましたか。これは一番の人気者、かまきりりゅうじ君です。そう!詩人にとってはみな、この宇宙の仲間なのです。このクイズのいいところは、本の好きな子が一番の解答者になるのではなく、むしろ本なんか読まずに外で元気に遊び、虫などをよく観察している子どもが、実に楽しそうに答えてくれるところです。難問を答え、周りの仲間から「すごい」と認められた子どもは本当にうれしそうです。
担任の先生が、この会のあと、「のはらうた」に載っているほかの詩を声に出して読んでくれたことがありました。
その後、それぞれが好きな主人公になって詩を書く遊び「またの名は○○ごっこ」が大流行しました。
わたしのお店にも、親から「うちの子がししゅうが欲しい。ちいさいおうち書店にいけばあるというのですが、どの本かわかります?」と不審そうな声で電話がかかってくることがあり、思わずニッコリしてしまいます。
病院のベット脇でもこの本ならすぐ遊べます。試してみると、付添いのおとうさんが夢中で答え、ベットの中で息子さんは「おとうさんすごい!」と尊敬のまなざしで見あげていました。
わたしの所属する「本と発達を考える会」のメンバーが最近よく使う詩の本は『かさぶたってどんなぶた』(小池昌代/詩 スズキコージ/絵 あかね書房 1.800円+税)というちょっと奇妙な名前の絵本です。詩人小池昌代さんが集めた詩が18編。思いっきり楽しい遊ぶ言葉が本の中で飛び跳ねています。わたしたちはこれを大きな紙に書き、子どもたちと暗唱したり、ペアになって交互に読んだりして楽しみます。
メンバーそれぞれに、得意な詩があり、その人が声に出して読むと、急に日本語が生き生きと動きだします。じっと座って聞くのが得意じゃなさそうな子がうれしそうに声に出して読んだり、体をゆすりながら聞いて、クスクス笑ったりするのを見ていると、子どもたちに響きのよい楽しい日本語をたくさん届けたいなあと思います。
「版画のはらうた」
工藤直子とのはらみんな/詩 ほてはまたかし/画 童話屋 1.300円+税
『のはらうた』は1984年に第1作が発売され、今年でちょうど30年。『版画のはらうた』は、この詩が大好きなほてはまさんが、7年かけてつくった版画を絵本にまとめたものです。この他に、英語版、かるた版など関連する本は17種類。今月発売された『あっぱれのはらうた』は、のはらむらの詩人24人が総出演です。
『クシュラの奇跡―140冊の絵本との日々』は
視覚と聴覚に重い障がいをもって生まれた女の子の
言葉の発達を助けた絵本についての詳細な記録です。
この本に出会ったのは、夫婦で子どもの本屋を開いて4年目。
自分たちの仕事の方向を模索していた時期でした。
「クシュラの読んだ本が、クシュラの人生の質をどれほど高めたか(中略)
クシュラの読んだ本がクシュラに大勢の友だちを与えたことこそ重要である」
と力強く語るバトラーさん。
自分たちの仕事の目標がはっきりしました。
そんなある日、この本のお話をすると、
そのお客様はじっと本を手にとって考えていたのですが、
「わたしの娘も難聴児です。この本、早速読んでみます。」
この日を境にそのおかあさんは、いっそう熱心に娘さんに読み聞かせを続け、
娘さんは、心から絵本の世界を楽しみました。
わたしもこれをきっかけに難聴児の読み聞かせについて、勉強を始めました。
たとえば『3びきのくま』という絵本でいえば、
「ちいさな、ちゅうくらいの、すごくおおきな」という大小の言葉の感覚は、
難聴児にはイメージしにくいのですが、
この絵本を読むうちに、絵の助けによって、理解できるようになります。
また、『うらしまたろう』の紙芝居を例に
「最後に若者が玉手箱を開けるけど、さっきの若者はどこにいったの?」と
聞かれるんですよ、と聾学校の先生から教わりました。
なるほど、わたしたちは普段、言葉によって時間の経過を理解し、
一瞬のうちに若者がおじいさんになったということもわかるのですね。
先ほどの女の子は、相手の口の動きを見て、
話の内容を理解する読話が早くからできたので、
小・中学校とも普通学級に通い、めきめきと力をつけ、
ついには難聴児が一番苦手とされるファンタジー作品
『ナルニア国物語』を読破するような立派な読書家になりました。
しばらく音信不通だったのですが、最近なんとあかちゃんを抱いて、
お母さんといっしょにご来店されました。
わたしは思わず聞いてみました。「本が好きだと、どんな事がよかった?」
すると彼女はにっこり笑って、
「わたしの知らない、いろいろな世界を見せてくれる事です。」
彼女が、自分の子どもさんにも本を読んであげようとする行為は、
本に対する信頼の表れ。
そしてこれは、彼女のお母さんの愛情と、努力の賜物です。
「もうひとりのクシュラがいる」とわたしはその時感じました。
著者のバトラーさんはこう語ります。
「進んで子どもと本の仲立ちをする人間がいなければ、
そもそも本が子どもに渡らない。
長期にわたり病床にあり、障がいをもつあかんぼうに、
本の読み聞かせを処方する医師や専門家がいるでしょうか?」と。
本が大好きなある女性のあかちゃんは、
重い病気のため、生まれた時から病院のベットにいました。
彼女が、わたしに教えてくださった言葉が忘れられません。
あかちゃんに『どんなにきみがすきだかあててごらん』
という絵本を読んでいた時のこと、
その子が「きみのことこんなにすきなんだよ」という部分を読むと、
涙を流すというのです。
「この子、体は動かないけれど、心は動いているのよ」と。
子どもには本とそれを読んでくれる人が必要です!
「クシュラの奇跡‐140冊の絵本との日々—」
ドロシー・バトラー著/百々佑利子訳
のら書店 1600円+税
複雑で重い障害を持って生まれた女の子クシュラ。
生後4カ月から母親がはじめた絵本の読み聞かせによって、
豊かな言葉を獲得し、成長していく姿を克明に描いた記録。
著者は、ニュージーランド在住のクシュラの祖母で、大学の研究論文として書いたもの。
スマホを置いて
何年か前に見た、ある光景が忘れられません。
公園で、男の子が乗ったブランコをおかあさんが押していたのですが、
手にした携帯電話の画面をずっと見たまま子どもの表情を見ようともしません。
おまけに、片手で押しているので、ブランコが揺れて、とても危なっかしいのです。
それから年月は流れて、
今、乳幼児のいる母親の約6割がスマホを使っているそうです。
「朝起きると、2歳の孫がスマホを持って立っていました。
なにやら操作していて、わたしが声をかけても夢中で気づかない。ぞっとしました」「生まれて間もないあかちゃんを抱いたおかあさんが、
リズム遊びやいないいないばあのアプリをダウンロードして、
あかちゃんに見せていました」。
そんな声を聞くことも増えました。
わたし自身も最近、電車の中で、
10歳くらいの女の子が、おかあさんが居眠りしている横で
ずっとスマホのゲームをしているのを見かけました。
だんだんとこんなふうになっていくのを、どうしたらいいんだろうと思っていたら、
あかちゃんの喃語に反応するアプリも今はあると聞いて、絶句しました。
県立子ども病院(安曇野市)での読みきかせで、
個室に入院しているあかちゃんのところに行ったときのこと。
「何か本を読みましょうか?」とおかあさんに尋ねると、
「あ、この子は本が嫌いなので、いいです。
わたしが読んでも必ず泣くんです」。
「そうですか…。でも、ためしに一冊だけ読んでみましょうか」。
わたしは持参した絵本「いないいないばあ」を
ありったけのやさしい声で読みました。
「にゃあにゃが ほらほら いないいない ・・・ばあ」
はじめは絵を見ていたあかちゃんが、次にわたしの顔をじっと見ています。
そして、なんと、にこっと笑ったのです。
それを見たおかあさんが
「あ、今、この子笑いましたね。やだ、笑ってる」とさけびました。
次の月、4人部屋に移っていたその子をまた訪ねると、
おかあさんがニコニコして待っていてくれました。
「あれから、いっぱい絵本を読みました。
前は、わたしの読み方がまちがっていたんですね。
『いないいないばあ』もおどかすような口調で読んでいました。
どこか義務みたいな気持ちだったんです。でも今は、本を読むのが楽しくて…」
その日の帰り道、わたしは車の中で鼻歌を歌いながら帰りました。
あかちゃんは、絵本を読んでもらうとき、読んでくれる大人と、
本を通して心を通わせているのだと思います。
だから、大人に余裕がないと、同じ本でも反応がまったく違ってしまう。
あかちゃんと一緒に絵本を読む事を、大人が本当に楽しいと思っていれば、
その思いは確実に伝わります。
そして、子どもはあかちゃんのうちから個性があり、興味を示すものも違います。
一人一人違うあかちゃんの個性や反応を、ちゃんと受けとめられるのは人間です。スマホには、それがわかりません。
携帯を見ながらブランコを押していたおかあさんは、
ブランコが高くあがったとき子どもが見せた、
自慢げで晴れやかな表情を見逃してしまったでしょう。なんてもったいない。
スマホや携帯をポケットにしまって、子どもと心を通わす大人が増えますように。
「いない いない ばあ」
松谷みよ子・文/瀬川康夫・絵 童心社 700円+税
同じタイトルの絵本はたくさんありますが、
「いない いない ばあ」といえば、この絵本。
1967年初版。これまでに530万部が刊行され、
親子3代にわたって親しまれています。
あかちゃんが、いないいないいばあの
遊びをおぼえるころは、本のページをめくるのも大好き。
一緒に読むと、声をだして笑ってくれます。
県立こども病院の病室を訪ねて本の読み聞かせをしていたあるとき、
個室に入院していた幼い女の子が、部屋を出たり入ったりしていました。
今日が退院ということで、看護師さんたちが「おめでとう」「よかったね」と
声をかけています。
とてもお話好きな子だったので、「最後に何か読もうか?」と尋ねると、
「今、おかあさんが先生とお話ししてるの。帰ってきたらすぐ行くから」。
女の子は落ち着かない様子で答えました。
ほかの病室をまわり終えて、また部屋の前を通ると、
その子がまだ手持ち無沙汰そうにしています。
「あら、おかあさんまだ?じゃあ、ちょっとだけ絵本を読んでようか。
おかあさんが来たら途中でやめてもいいからね」
「うん、そうする」女の子はその日初めて、ぱっと明るい顔になりました。
わたしが選んだのは、『かみさまからのおくりもの』という絵本です。
「病院であかちゃんが生まれました。神様は、どのあかちゃんにも贈り物をくれます。ほっぺの赤いあかちゃんには『よくわらう』を、大きいあかちゃんには『ちからもち』、泣いてるあかちゃんには『うたがすき』を・・・」
ここまで読んだとき、その子が「家に帰るとね、あかちゃんがいるよ。
いつも大きな声で泣いてる・・」としゃべりはじめました。
「あら、おねえちゃんになったのね」。「妹は泣いてばかりいるよ」
そのとき、わたしはピンときました。
今まで両親の愛情をひとりじめしてきたその子にとって、退院して家に帰れるのは
うれしいけれど、もう一人の新しい家族といっしょに暮らすのは、
不安がいっぱいなんだろうなと。
妹のことを話す様子がそれを物語っていました。
「妹さんは、よく泣くから歌の好きな子になるね。
あなたは神様からどんな贈り物をもらったの?」
「わたしは『よく食べる』かな」と女の子。
そこで私も「わたしはすやすや寝るあかちゃんだったから
『心の優しい』をもらった・・・かな?」と言うと、
「えー、本当?」と2人で大笑い。
そこへちょうど、おかあさんが迎えに来て、女の子は帰っていきました。
「がんばれ!おねえちゃん」とわたしは心の中でつぶやきました。
『かみさまからのおくりもの』は、小学校の先生をしている友人から、
1年生を担任すると参観日に必ず読むと聞いた絵本でした。
子どもが学校にあがると、親はつい、ほかの子と比べて、
悪いことにばかり目が向きがちになります。
そこで「大丈夫。一人一人がすてきな贈り物をもらって生まれてきたのよ」
というメッセージを伝えたくて、この絵本を読むのだそうです。
また最近、特別支援学校で一人の子にこの絵本の読み聞かせをした別の友人は、こんな話をしてくれました。
とてもいい表情で聞いてくれたその子に、担任の先生がすかさず
「なんてすてきな笑顔なの。○○ちゃんは『笑顔』という贈り物をもらったのね」
と話しかけたそうです。
「こういうとき、いつも身近にいる大人の言葉って大事よね。
この子にとって、すごい自信になるもの」と友人は言いました。
一冊の絵本が結んでくれる楽しい時間は、
子どもだけでなく、大人への贈り物でもあるのです。
「かみさまからのおくりもの」
ひぐちみちこ作 こぐま社 1,200円+税
作者は、長女が生まれたときから
手づくり絵本を作り始めた。
この絵本は、多くの母親から
共感の言葉が寄せられて出版 。
手作り感はそのまま、
温かみのある貼り絵の作品として生かされている。
成人した娘に、ある日聞いたことがあります。「あなたは小さい時自分で本を読むのも好きだったけど、読んでもらうのも大好きだったわよね。自分で読むのと、周りの大人に読んでもらうのと、どう違うの?」
すると娘はちょっと考えて「そうねえ、ブランコに乗っている気分と同じかな。自分でこぐのも楽しいけど、大人に後ろから押してもらうと、自分でこぐよりもっと高く上がるでしょ。その時のフワーと浮いた感じがなんともいえないのよ。本の世界の中にドーンと入って、違う世界を旅している時の高揚感とそれがとってもよく似ているの。」
今、わたしは病気や、障がいがある子どもたちに本を読むという『ブランコを押す活動』をしています。
その一つ、県立こども病院(安曇野市)でのおはなしの会は、1997年から始まりました。当初は、子どもたちが集まるプレイルームでの読み聞かせが中心でしたが、病棟に保育士が配置されてからは、病室で読み聞かせができるようになりました。
ある日、手術を終えたばかりの男の子のところへ行ってほしいと依頼がありました。部屋に行くと、小学校低学年のその子は不機嫌そう。「何か本を読みましょうか?」というわたしの問いかけに「読まなくていい!」と答えました。
「それじゃあ、自己紹介だけして帰りますね。わたしの名前は、越高令子。れっちゃんれがつくレモンティーです」と持参した絵本『あっちゃん あがつく たべものあいうえお』を見せました。「あなたのお名前は?」と尋ねると、男の子はぼそっと「○○」。どうやら、とても興味を持ったようです。その後、家族や友達の名前を次々に言いだしました。「おかあさんは○○・おとうさんは○○・じいちゃんは○○・僕の一番の仲良しは○○…本には、どんな言葉が書いてある?どんな絵がついてる?」
そんなやりとりをしているところへ担当のお医者さんがきました。「先生、先生の名前はなんていうの?」「おいおい、忘れたのか?」「そうじゃなくて下の名前」「○○」「あ、じいちゃんと同じ絵の(ページ)だ」「ずいぶん元気がでてきたな。その調子!」
わたしが、帰ろうとすると、「あのね、一つぐらいなら、本を聞いてやってもいいよ」「あ、そう。それじゃ元気がでるように『11ぴきのねことあほうどり』はどうかしら?」読み終わる頃には、病室の空気はすっかりやわらぎ、男の子は「またね」とニコニコ顔で手を振ってくれました。
その後、短大の看護学科の学生たちに特別授業でこの話をすると、思いがけない感想をいただきました。「ぼくは、病気は医者と看護師という医療チームで治すものだと思っていましたが、お話を聞いて大切なことに気づきました。この男の子のように、本をきっかけに気持ちが前向きになり、病気に立ち向かう気持ちが出てくるとき、治療は進むのではないかなあと思います。一冊の本がきっかけで、そんなことが起こるなんて、びっくりです」
わたしは、あの男の子のブランコをちょっとだけ押してあげることができたのかな、と思えた瞬間でした。
「あっちゃんあがつく~たべものあいうえお」
峯陽/原案 さいとうしのぶ/絵
リーブル 1800円+税
作者が学童保育に勤務していた頃、子どもたちと一緒に言葉遊びをしながら作った絵本。数ある、あいうえおの本の中でも、抜群の人気があります。
濁音もあるので、自分の名前はどんな食べ物になっているかを子どもも大人も知りたがります。カルタもあり、楽しみながら言葉や文字を獲得する事ができるのも特長です。